よく髪色を変えてきました。
初めて金髪にしたのは高校2年生の時でした。
ああヤンキーね、という事ではなく修学旅行のイベントとして企画された女装コンテストに参加する事になったので、インパクトが欲しくて脱色したのです。
高校生が髪色を変えると……
当時はお金もなかったので、近所の薬局でブリーチを買って来て家で自分でヤりました。
いや違った、母親に手伝ってもらったのでした。
自分から頼んだという事でもなくて、「楽しそう!手伝う手伝う!」と母親の方からノリノリで手伝ってくれたのです。
まあ手伝ってくれるなら宜しく頼むよ、ってことで初回のわりにかなりキンキンな色まで脱色しました。
父親はかなり渋ーい顔をしてのですが我々は大はしゃぎしたものです。
まあ女装コンテストの結果は思ったほどではなかったのですが、先生方への影響は思った以上でした。
「お前髪の毛がえらい日焼けしたやないかあ」
担任の体育教師がどどーんと詰め寄ってきたのです。
まーそらそうですよね。
僕は公立高校に通っていたのですが、比較的自由な校風だったのでしれーっと過ごしてたら見逃してくれるかなーと思っていたんですが甘かったです。
脱色したので直ぐに染めても色が落ちちゃうんですよーとか適当なイイワケをして結局そのまま高校卒業まで過ごしたものです。
懐の深い高校で良かった良かった。
でもまあ髪の色を変えた後は、色々と身の回りで変化がありました。
先ずは学校で話をした事がない誰かに話しかけられる事が増えました。
物珍しかったんでしょうかね。
当時は今に比べれば、高校生が金髪にする意味が大きかったのでしょう。
学校帰りに他校の元気な男子にチョッカイかけられたりもしました(非BL的な意味で)。
ただ僕は非常に温厚な人間ですので、諍いなどはおこしませんでしたけどね!
たぶん!
大学生が髪色を変えると……
僕は現役で芸術系の大学に滑り込みます。
いえーいらっきー。
思いっきり浪人するつもりだったので1つの大学しか受験しなかったんですね。
芸術系の大学ってのは合否判定が学力の点数のみで決まるワケではないってところがポイントですね。
で芸大生となった僕は1回生の夏まではおとなしくしていましたが、とある友人との遊びで「長髪レース」を初めてしまいます。
単純によーいドンで髪を切らずにどれだけ我慢出来るかを競うだけでして、勝者は学食で一番高級なSランチ(420円)を奢ってもらえるというもの。
あっさり勝利する僕。
あまりにすぐ終わってしまったので、その後も僕は髪をのばし続けたんですね。
たまーに毛先を揃えたりする目的でちょいと切ったりもしましたが、結果的に5年程伸ばし続けました。
超長髪です!
背中の真ん中くらいまで伸ばしましたねー。
でその長さで全金髪にしました。
まー痛む痛む。
天パなので無駄にゴージャズなウェーブもかかりまして、どこからどう見てもメタルなヤツでした。
この頃のファッションは中々酷いモノでして、全身柄モノとかです。
でっかいペイズリー柄のベルボトムに紫の柄シャツとか。
良くいわれたものです。
目にうるさい。
そうした趣向性もあって、髪が長かろうが金髪だろうが、そこだけ取り立てて注目されるような事はありませんでした。
まあ全体的にうるさい感じ?
そんな恰好で中学生だった妹の授業参観に行ったりしていました。
大学生は中途に時間もお金もあるもので、どんな格好していようが概ね咎められるような事はありませんでした。
無罪モラトリアム。
会社員が髪色を変えると……
さて僕は大学生活を送った後、フリーランスを経て会社役員になります。
起業ってヤツですね。
代表ではない取締役という強そうな存在になります。
この頃までに、長髪に飽きて一旦スキンヘッドなども経由しつつ、やはりまた伸ばし始めてしまうんですね。
でたまに色抜いたりして。
そんな状態で営業に行ったりもしていました。
ゲーム業界だったからなのか不思議とその状態が障害となる事は一切なく、かなり自由な風体で仕事をしていました。
その会社も13年続いて畳む事となり、その後今の会社に拾ってもらったのですが、ここで生まれて初めて会社員という立場を手に入れます。
給与を始めてもらった!
やった!
賞与とか初めて!
ナニコレ最高!
有給とかとっちゃってもいいの!?
マジで!?
こういう世間的には当たり前らしい出来事に一喜一憂しまくっていた僕は、これまでずっとヤりたくてスルーし続けてきたことを思い出します。
の色をもっとカラフル(原色)にしてみたいな……。
思い立ったが吉日系中年の僕はそこからどんどん色を変え始めたんですね。
今の会社に勤めて丁度1年くらいなのですが、12カ月の間に3回色を変えました。
赤→紫→青(イマココ)
このどれもが生物感が薄いといいましょうか、不自然といいましょうか、とにかく見た目に頭髪としての違和感をビシビシ発散してくれる色でした。
どうせならって事で、根本から毛先まで全部です。
大阪のとある美容院のチャッチコピーに「どんな色にでもします」という文字を見つけてくれたお嫁ちゃんの手引きによって、僕はカラフル中年になったのでした。
しかし、どの色にした時も僕を拾ってくれた社長は大っ変苦々しい表情をされていました!
ごめんなさい。
若気の至りって事で許してくださいアラフォーだけど。
今は2歳になる娘が僕の頭を指さして「あおー!あおー!」といってくれるのが実に嬉しいです嗚呼幸せ。
今後
まだまだ色々な色に、といいたいところですが結構一通りヤったな感は感じています。
青がやっぱりキきましたね。
今から段々と色が抜けて彩度の低い緑を経て、白に近い金髪になっていくでしょう。
当分は過激な色にする気分にはならないかなー。
ブリーチ2時間とか無茶苦茶痛いですしね。
頭皮が日焼けのヤバい時みたいな感じになって、皮がベリリと剥がれたりするんですよ。
剥げることは遺伝的にホボカクなので髪のあるうちに楽しもうという意識で遊んできた感じです。
まあやったとしても毛先だけ、とかかなー。
残ってるとすればグラデーションヘアマニキュアくらいです、ヤりたいのは。
ただ今年は、スーサイドスクワッドの影響で左右の毛先を違う色にするビジュアルもインパクトが失われたので、あんまりソソってはいません。
ま、気まぐれなので突如色を変えるかもしれませんが、その時はきっと報告するので期待して待っていてくださいませ。
最後に
自分を取り巻く環境は、思っているほど堅苦しくない、かもしれません。
青い髪にしても娘やお嫁ちゃんと一緒に公園に行けば、知らないお母さんでも普通に接してくれます。
あ、一人で居たら避けられますけどね。
形から入ってもいいじゃん、と思っている僕は、見た目を変える事で見た目だけじゃない何かも変わると信じているんですよね。
髪色に限らず、変化をし続けるってのはエキサイティングで超オススメです。■■
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